銀行不倒神話の確立


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日本金融の最大の特徴ともいえる護送船団方式は、時代が下るとともにより強固なものになっていく。

そのエポックメイキングな出来事となったのが、1929年(昭和4年)の世界恐慌だ。

1929年10月24日「暗黒の木曜日」、ニューヨーク株式取引所の株価暴落に始まった金融恐慌は、またたくまに世界中に伝播した。日本でも体力のない弱小金融機関の破綻や淘汰が相次いだことから取り付け騒ぎが起こり、社会不安を招いた。

そこで政府は、戦後、金融秩序を確立して産業界の経済成長を促して国民の生活を安定させるため、中央銀行である日銀が金融業界に対する金融安定化及び産業保護政策を策定・指導する護送船団方式によって金融機関の倒産を防ぎ、企業の経営を安定させ、預金者の不安を掻き立てることのないようにしてきた。

また金融機関同士の過当競争を防ぐため、長期信用銀行・外国為替専業銀行、中小企業金融など、分野別の調整、新商品の規制、店舗の規制など、あらゆる点でコントロールをした。

さらに金融機関の倒産は影響が甚大になるということから、経営力が低下し事業を存続できなくなった金融機関に対して破綻(倒産)という措置を取らさず、他の金融機関と合併して危機を回避することを強力に指導した。そのため、戦後の日本では金融機関の経営破綻は皆無となった。

銀行不倒神話はこのようにして確立されて行ったのである。








三枝
三枝

闘う元銀行支店長・三枝嗣典。関西アーバン銀行で支店長を務め、銀行業務の裏の裏まで知る男。資金調達のお悩み、すべて解決します。

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